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アニメ映画『蛍火の杜へ』感想・紹介(ネタバレなし) 触れられない約束

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『蛍火の杜へ』は、たった44分で、ひと夏どころか何年分もの季節の気配をこちらに残していく映画だった。短い。けれど、短いから物足りないのではない。むしろ、この長さだからこそ、森の空気も、会える時間のかぎられた切実さも、すっと胸に入ってくる作品なのだと思う。作品自体は2011年公開の短編アニメーション映画で、原作は緑川ゆき、監督・脚本は大森貴弘、音楽は吉森信、アニメーション制作はブレインズ・ベース。

観終わったあとに大きな事件を思い返す作品、というよりは、光の色や沈黙の長さを思い返す作品だった。

まずは簡単に、どんな話かを書いておこう。

夏休みに祖父の家へ来ていた少女・竹川蛍は、妖怪たちが棲むといわれる山神の森で迷子になる。そこで出会うのが、狐の面をつけた少年・ギンだ。彼に助けられたことをきっかけに、蛍は毎年夏になるたび森を訪れるようになる。けれどギンは、人でも妖怪でもない不思議な存在で、人に触れると消えてしまう。物語は、その触れられない距離を抱えたまま、少しずつ変わっていくふたりの時間を見つめていく。

この設定だけでもう、かなり良い。
触れたいのに触れられない。会いたいのに、会えるのは夏だけ。
恋愛ものとして見ることもできるし、ひと夏の思い出の物語として見ることもできる。けれど、この作品の良さは、そうした説明をもう少しこぼれ落ちたところにある気がした。

 

 

見どころ

夏の森が、ただの背景では終わっていない

この作品でまず印象に残るのは、森の描写である。

緑がきれい、と言ってしまえばそれまでなのだが、実際に観ていると、もう少し違う感覚がある。木漏れ日が差して、少し陰って、夕方になると色がやわらかく変わっていく。その一つひとつが、舞台説明ではなく、物語そのものとして置かれている感じがするのだ。

妖怪が出てくる森なのに、不自然さがない。
それはたぶん、この場所が最初から現実の延長ではなく、別の理で成り立つ場所として描かれているからだと思う。人間の夏休みの風景と、異界の気配がちゃんと同じ画面にいる。その混ざり方がとても良かった。

触れられないからこそ、視線や間がものを言う

この作品の中心にあるのは、やはりギンの制約だ。

人間に触れると消えてしまう。
この前提があるだけで、ふつうなら何気なく流れていく場面の意味が変わる。近づく、離れる、横に並ぶ、手を伸ばしかけてやめる。そういう細かな動きの一つひとつに、ちゃんと重さが生まれるのである。

大げさな台詞で押し切る作品ではない。
だからこそ、言い切られない気持ちや、言葉の手前で止まる感情がよく見える。
観ているこちらも、その沈黙を埋めるように気持ちを受け取ることになる。そこが、この映画のかなり好きなところだった。

44分という長さが、むしろ作品に合っている

長編映画の尺でこの物語をやったらどうなるだろう、と少し考えた。
でもたぶん、この作品は44分だからいい。

説明を増やしすぎない。
世界の仕組みを全部は語らない。
必要な場面だけを置いて、あとは観る側に受け取らせる。

その引き算がうまく働いていて、観終わったあとに残るのは、情報量の多さではなく、ひとつの季節を見届けた感覚である。理解した、というより、覚えてしまった、のほうが近いかもしれない。

音楽が前に出すぎず、作品の余白を守っている

音楽も良かった。

感情を先回りして煽る感じではなく、場面のそばに静かにいる。だからこそ、森の音や沈黙の時間が死なない。画面の美しさと同じくらい、音の引き方が丁寧な作品だと思う。

静かな場面ほど印象に残るのは、そのためだろう。
何かを足して盛り上げるというより、余白をきちんと余白のまま置いてくれる音楽だった。

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好みが分かれそうな点

まず、44分という尺の短さもあって、世界設定を広く掘っていく作品ではない。妖怪の森とは何なのか、ギンという存在は結局どういうものなのか、そうした部分を細かく知りたい人には、少し説明が足りなく感じられるかもしれない。

また、物語の軸はあくまで関係性と情感である。
派手な事件やアクションで引っ張る方向ではないので、展開の大きさを最優先で観たい人とは、たぶん求めているものが違う。

それから、後味はかなりしんみりしている。
重苦しいわけではないのだが、観終わってすぐ別の明るい作品に切り替える、という感じでもない。少しその場に留まりたくなる映画である。

こんな人にはかなり向いていると思う

夏の風景が好きな人。
森や夕方の空気、季節の手ざわりを大切にする作品が好きな人。
説明しすぎない恋愛もの、あるいは人と人の距離を静かに描く作品が好きな人。

そして、会える時間がかぎられているとか、触れたいのに触れられないとか、そういう制約のある関係にどうにも弱い人には、かなり印象に残るのではないかと思う。

原作が緑川ゆきで、スタッフ陣にも『夏目友人帳』と重なる名前が多いので、あちらの空気が好きな人なら、たぶん自然に入りやすい。

逆に、あまり向かないかもしれない人

ずっと明るい気分で観られる作品を求めている人。
起伏の大きい展開やアクションを期待している人。
物語の仕組みをきっちり説明してもらえるほうが入りやすい人。

このあたりの好みだと、少し静かすぎる、少し淡すぎる、と感じる可能性はある。

まとめ

『蛍火の杜へ』は、妖怪の森という異界めいた舞台を使いながら、やっていることはとてもまっすぐだ。
会いたい、でも触れられない。
一緒にいたい、でも時間は同じ速さでは進まない。
そうしたどうしようもなさを、騒がず、急がず、夏の景色の中に置いていく。

たった44分なのに、観終わると不思議と長く残る。
あの森の色も、ふたりの距離も、たぶんしばらく忘れない。

派手ではない。
けれど、忘れにくい。

そういう映画だった。